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和歌山市で暮らして来ました。これからも・・・

生まれてから65歳の今まで、和歌山市で暮らして働いて来たエカワ珈琲店の店主が、地元の話題を綴っています

適当な節約族の日常生活

今日発表の都道府県地価ですが、東京、名古屋、大阪市、福岡市では上昇傾向にあるそうですが、和歌山市などの地方の町では下落が続いているようです。

東京、大阪、名古屋、福岡など、若い人の集まる都市部では、そろそろ「失われた時代」は終了しつつあるのかもしれません。

 

地方の町は、まだまだ「失われた時代」が続いているのだと思います。

しかし、地方の町については、「新しい文化」が登場して来ている可能性もあります。

 

 

和歌山市の人口は、20世紀の後半の最盛期に約40万人で、2015年現在は約36万人と、最盛期から1割減少しているわけですが、最盛期の頃の年齢別人口構成と2015年の年齢別人口構成を比べると、相当に高齢化が進行しているのだと思います。

和歌山市は、基本的に産業都市ですから、恵まれた年金生活を営んでいる人が多いわけで、現役で働いている人の割合が少ない町のような気がします。

 

恵まれた年金生活と言っても、現役時代と比べれば、相当に収入が減少しているわけですから、無駄遣いはご法度ということで、適当な「節約生活」をしている高齢者世帯が多いのかもしれません。

 

若ければ、「借金」はそれほど怖くないのかもしれませんが、年齢を重ねると「借金」は重荷になってきます。

高齢者世帯が増加するということは、「借金」をして「消費」をするという文化の衰退を意味しているのかもしれません。

長期ローンを組むのが必要な高額商品(分譲マンションなど)は、売れなくなっていて、簡単にお金儲けができない文化状況が発生しているのだと考えています。

 

町の人口に占める高齢者の割合が増加することで、その町の文化に変化が発生しているのだとしたら、その文化の変化に対応しなければ商売が成り立たなくなってしまいます。

ということで、地方の町の文化の変化に対応する方法を模索しているエカワ珈琲店の今日この頃です。

 

でも、考えてみれば、町の人口に占める高齢者の割合が増加するということは、高齢者の商売人でも、それほど苦労をせずに商売を営める時代になって来ているのかもしれません。

だとすれば、エカワ珈琲店にとっては、「新しい文化、新しい時代」の登場を意味しているのだと思います。

  

何でも見てやろう (講談社文庫)

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  【参考までに】

小田実さんの「何でも見てやろう」は、高度経済成長の真っ只中の昭和30年代後半、五木寛之さんの「青年は荒野をめざす」は、高度経済成長の余韻が残っている昭和40年代の前半に初版が発刊されて、2015年の現在でも読みつがれている世代を越えたロングセラーなのだと思います。

「青年は荒野をめざす」は高校時代に、「何でも見てやろう」は大学時代に読みました。

好奇心旺盛な若者、夢見る若者の、お金を使わないで、あるいは、アルバイトをしながらの世界旅行見聞記です。(ノンフィクションとフィクションの違いはありますが)

青年は荒野をめざす (文春文庫)

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