観光と歴史

東京医療保健大学和歌山看護学部の大学祭である医愛祭と大村家の長屋門

今年(2018年)の4月、和歌山市東坂の上丁の雄湊小学校跡地に開校した東京医療保健大学和歌山看護学部(参考1)の第1回大学祭(or学園祭)が、11月3日(土曜日)と11月4日(日曜日)の2日間に渡って開催されていました。 東京医療保健大学和歌山看護学部…

和歌山城近くのビジネスホテル

最近は、お風呂を兼ねて近くのスポーツジム(ホリデースポーツクラブ/参考1)にほぼ毎日通っているので、暗くなってから和歌山城の周りを歩くことは稀になったのですが、去年(2017年)の秋頃までは、4年間(61歳~65歳の間)ほど、和歌山城の周囲(1周…

あなたが和歌山市を訪れなければならない7つの理由

奈良・平安の時代から、和歌山市は海の町でした。奈良・平安時代、都のお金持ちの人(貴族)たちは、和歌の浦や加太に旅して、そこから眺める景色の素晴らしさを歌に読んでいます。

和歌山城に残る唯一の櫓(やぐら)門は国の重要文化財

豊臣秀吉の弟、豊臣秀長が和泉と紀伊の国の領主となって、1585年に和歌山城の築城を開始、翌年(1585年)、桑山重晴が城代となって城を整備します。 関ケ原の戦のあと、浅野幸長が紀伊和歌山37万6千石の領主となり和歌山城に入城。 1619年、徳川頼…

和歌山城の撮影ポイント

和歌山市役所前の和歌山城西の丸広場(頻繁にイベントが開催されている広場です)からお堀端沿いを和歌山城大手門前の一の橋に向かって歩くと、歩道上に「和歌山城の撮影ポイントです」の立て看板が現れます。

日本の秘境、和歌山県を体験する方法

去年の今頃、CNN.Travel のサイトに、「10 things that make Wakayama Japan's best kept secret」と題する和歌山県観光の特集記事(2013年6月7日)が掲載されていました。

60代半ばのカワ珈琲店の店主が東京に旅行したいと思う理由

ニューヨークも東京も、世界屈指の観光都市なのだと思います。 観光都市東京には、日本中から、世界各地から、数多くの旅行者たちがやって来ます。 東京にやって来る旅行者たちは、自然の景観やアウトドアスポーツを楽しむ目的でやって来るわけではありませ…

紀州藩の医学館跡地が15階建て分譲マンションに

エカワ珈琲店が商売を営んでいる雑賀屋町39番地付近ですが、徳川幕府の時代はどうだったかというと、紀州徳川藩の医学館があったわけです。 紀州藩10代藩主、徳川治宝(とくがわはるとみ)の時代、寛政4年(1792年)、現在の和歌山市の本町3丁目に創設…

夢見る世界

紀伊山地の霊場と、その参詣道は、ユネスコの世界遺産に登録されています。参詣道というのは、熊野古道のことです。私(エカワ珈琲店の店主)は、高野山や那智大社、速玉大社といった霊場には参詣に行ったことがあります。しかし、熊野古道を歩いたことがあり…

テーマパーク「日本の秘境」の入口

昨年(2013年)、外国から日本にやって来た外国人観光客ですが、年間で1000万人の大台を突破したそうで、その経済効果は自動車産業に匹敵するともいわれています。 外国からやって来る観光客は、日本全体を大都会だと思って日本での観光を楽しんでいる…

海の民

和歌山県の大部分は山岳地帯で、平野部はごく僅かです。 だから、昔から「きのくに」と呼ばれているのだと考えています。 和歌山県の大部分は山岳地帯ですが、そこに住む人間は、はるか昔から、山に依存して暮らしている山の民ではなくて、海を利用して暮ら…

紀州藩の医学館

エカワ珈琲店の、この場所、徳川幕府の時代はどうだったかというと、紀州徳川藩の医学館があったわけです。 紀州藩10代藩主、徳川治宝(とくがわはるとみ)の時代、寛政4年(1792年)、現在の和歌山市の本町3丁目に創設された医学館が、その後すぐに雑賀…

観光立県

和歌山県の産業ですが、その昔には、観光が大きなウェートを占めていたわけです。京阪神から最も近い観光地ということで、和歌山県の自然に癒しを求めて、京阪神の都市部から宿泊主体の観光客が来てくれたものです。

文左衛門はマーケター(商人)

遠く、江戸の時代、紀州藩出身の商人、紀伊国屋文左衛門は、紀州和歌山のみかんを、当時、日本一の大都会だった江戸の町に運ぶことで巨利を得たと伝えられています。